2008年02月24日

シンドラーのリストを見ました

数日前に、北京五輪の芸術顧問をスピルバーグ監督が辞退した記事を見ましたが、その監督の「シンドラーのリスト」を、昨日NHKーBSで見ました。

前にも見た記憶がありますが、近頃、戦争ということを考えることがあり、少し感じるところがありました。

今の日本人は、戦争による死ということに直面することはほとんどないと思います。
死を身近に体験することがないことで、やはり人の命の重さを感じ直視することができないのでは、と思うのです。

アメリカの人々の戦争とは、遠方へ出向く戦争。しかし、かつての日本を含め、自国や身近なできごとととしての戦争、とは大きく違う。
自国で戦ったことがないアメリカ人の戦争観は、私たちがテレビを通して見たあの湾岸戦争のように、バーチャルな空間の出来事としての戦争であるという人もいます。日本の戦争を知らない戦後生まれの人々もそうかもしれません。
戦争を体験した人たちとは違い、戦争というものを、異常さ、無惨な死、人の命の重さを知ることが難しいといってよいのかもしれません。

昨日(20,2,23)の朝日新聞の「ニッポン人・脈・記」の記事の中で、外務省の「条約マフィア」と呼ばれた駐米大使であった3人のことが書かれていました。3人の中で、唯一戦争体験者の栗山尚一さんだけが「自衛隊は外国から見れば軍隊。派遣するならシビリアン(文民)に限るべきだ」と主張されたそうです。

戦後生まれの日本人は、戦争を体験してその異常さや残酷さを知ることはないでしょうが、戦争を体験した人の意見を尊重することはできます。

「シンドラーのリスト」を見終わって、戦争を身近に体験して考えが変わり、多くの人々を自分の財産を投げ打って助けたシンドラーは素晴らしく、感動しました。

しかし、今の私たちは、戦争が始まらないように、戦争体験者の声に耳を傾け感じ取り、映像等を通じ、戦争とは何なのかを知らなければだめだと痛感しました。人が無惨に死ぬということをできるだけ感じなければ。

バーチャル(仮想)なことでしか想像できないことが多いのですが、人間には、それではやはり限界があるのだと思います。もっと努力して、感じなければダメで、そうしなければ大変なことが起きそうに思えるのです。

ハウルとソフィーのように(「ハウルの動く城」)、「愛」の力で戦争はなくならないかしら。

弱虫でいいのに。
posted by HOSHINO at 15:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

大事なバランス感覚

 今や社会保険労務士は、職業の人気資格の一つだということです。
しかし、その仕事の内容はあまり知られていないかもしれません。
 
 労働保険や社会保険の行政機関への手続の代行が最も知られている業務でしょうか。手続といっても、年金も含めて生活の保障にかかわる大事な作業となります。
 
 関係する分野は非常に広いです。現在の新聞紙上のニュースの多くが関係しているといってもいいと思います。
 
 まず、社会保障。
社会保障とは、病気・怪我・出産・障害・死亡・老齢・失業などの生活上の問題について貧困を予防し、貧困者を救い、生活を安定させるために国家又は社会が所得移転によって所得を保障し、医療や介護などの社会サービスを給付すること、又はその制度をいいます。年金もここに含まれます。

 そして、従業員の採用や定着にもかかわりますので、社会的な問題となっている少子高齢化問題、パワハラ・セクハラ問題、長時間労働問題、心疾患問題、請負・派遣問題への対処も重要な仕事になっています。

 その解決のお手伝いをしていく中で、これらの解決に重要なことは次のことではないかと考えるようになりました。

 遵法は前提ですが、「バランス感覚」や「なるべくお互いを知ること」が、個人間にも会社と労働者間にも求められていると思います。コミュニケーションが声高にいわれています。が、基本は、少し大袈裟に言うと、「人間」として対面しているか、だと思います。問題が炙(あぶ)り出されてくると、そこには人を「物」として扱っているのではという危険を孕んでいます。

 もちろん、これは他人事ではなく、常に自分自身と対話しながら考え続けなければならないことだと思っています。

 何故「バランス感覚」を挙げたかというと、バランスの取れた状態には、「信頼関係」が基礎になっていると思うからです。バランスの取れた会社には、仕事に前向きに、夢中(仕事中毒ではありません)になっている姿がダブります。



  でも、バランスが取れている、とは結果にすぎなく、信頼関係があるからそうなった、と言えるのではないか、とお考えになりますか?信頼関係こそが大事と。

 しかし、私はバランスをとるというプロセスが信頼関係に結びつくのでは、と思うのです。

 信頼関係を目的とするのは、実際大変難しいのでは?  むしろ、バランスを取ることを目的とする方がやりやすのではないかしら。

 人が何かを決定するとき、多くは感情の部分が先行しています。それにストップをかけたり、調整するのが理屈。バランスは、理屈で何とかできるのではないかしら。その方がコントロールしやすいと思うのです。

 いかがでしょうか。

posted by HOSHINO at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする